箱根 十国峠ケーブルカー

十国峠山頂のご案内

十国峠山頂

十国峠山頂

世界文化遺産に登録された富士山の眺めも素晴らしいです。

十国峠とは

十国峠の名前は、昔の国名で「伊豆」「駿河」「遠江」「甲斐」「信濃」「相模」「武蔵」「上総」「下総」「安房」の十の国がここから見渡せたことに由来します。現在の静岡県・山梨県・長野県・神奈川県・東京都・千葉県になります。晴れ渡った日の十国峠の頂上からは富士山や南アルプス、駿河湾はもとより湘南海岸や三浦半島をご覧いただけます。さらに天候に恵まれると千葉県の房総半島が見えることもあります。

2016年3月1日付で十国峠は国の登録記念物になりました。
眺めのよい十国峠頂上には、十国峠ケーブルカーをご利用ください。

リンク

頂上からのパノラマ映像

山頂からの眺めが詳しく紹介されています。

十国峠山頂からハイキング

姫の沢公園・岩戸山めぐり、日金山ハイキングコースから湯河原温泉へ向かう2つのコースをご紹介しています。

山頂 石碑のご案内

右大臣実朝の歌碑 「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ」

右大臣実朝の歌碑
「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ」

詩歌を愛した鎌倉幕府の将軍源実朝は、二所詣のため鎌倉から箱根権現・伊豆山権現に参詣する途中で、いくたびもこの峠を越えています。この歌は22才のときに詠まれたといわれています。
(二所とは伊豆山権現〔走湯権現とも言われた現在の伊豆山神社〕、箱根権現〔現在の箱根神社〕の二つの権現のことであり、二所詣とはこの二つの権現に三嶋社(現在の三嶋大社)の三つに参詣すること。源実朝の父である源頼朝が、源氏再興の旗揚げの際に、この三ヵ所の神社に必勝祈願し、また援助を受けたとしてこの二所詣を始めました)
この歌碑は1933年(昭和8年)当時、熱海に在住していた実業家 藤原銀次郎氏が私財を投じて建立したものです。
1992年(平成4年)12月当社も協力し熱海市が更に眺望のよいこの場所に移設しました。

航空灯台建設に偉功のあった小堀春樹氏をたたえる記念碑

この記念碑は、小堀春樹氏が電気事業界および有志に呼びかけて航空灯台献納会を創設し、その浄財によってここ十国峠ほか8箇所に航空灯台を建設して政府に献納。十国峠には1932年(昭和7年)11月28日に完成と記録されています。夜間航空の安全を企図した功績を記念して1939年(昭和14年)11月、峠の中腹に記念碑が建立されました。
灯台は政府によって終戦直後に鉄塔・その他一式が現在の伊豆市達磨山山頂に移設され、1946年(昭和21年)5月より近年にいたるまでその使命を果たし、絶えず光芒を放って空の守りに仕していたことを付記しています。
故人30周年忌にあたる1968年(昭和43年)3月に、近親者によって元灯台の建設地であったこの地点に移設されました。

航空灯台建設に偉功のあった小堀春樹氏をたたえる記念碑
十国碑

十国碑

十国五島を俯瞰できることから、この峠の名ができました。今から230年以上前の1783年(天明3年)8月、景色の素晴らしいことを後世に伝えようと建てられた古い「いしぶみ」です。
記念碑には文字通り「伊豆国加茂郡日金山頂からは、十国五島を見渡すことができる。相模(神奈川県)、武蔵(神奈川県と東京都)・安房・上総・下総(千葉県)、遠江・駿河・伊豆(静岡県)、信濃(長野県)、甲斐(山梨県)が見える。」と記されています。

文学作品に残る十国峠

十国峠は、その眺望の良さから作家や歌人などの文学者が訪れ、いくつもの作品に描かれています。


熱海をこよなく愛した明治の文芸評論家・思想家の高山樗牛は有名な『わがそでの記』の中で「十国峠に登る遊びはことのほか壮快で、北は足柄、南は大島、東は江ノ島、西は田子の浦まで壮大な眺めたぐふべきものなし・・・」と記しています。

十国峠を訪れた著名人

十国峠は、何人もの著名人たちが訪れています。
画家たちは絵画などの作品に十国峠を描き、山頂からの眺めを日記などに記している著名人もいます。

おすすめ

十国峠山頂 フリードッグランのご利用について

十国峠山頂には、ワンちゃんと遊べるフリードッグラン(小型犬専用/中型犬・大型犬優先の2エリア)があります。詳細はこちら

ワンちゃんのご乗車について

箱根 十国峠ケーブルカーでは、ワンちゃんとご一緒に乗車可能です。詳細はこちら